福岡地方裁判所 昭和29年(ワ)1306号 判決 1960年2月29日
原告 福岡産業株式会社
被告 和田憲吾
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告会社代表者は「被告は原告に対し金三十万円及びこれに対する昭和二十八年十一月二十七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。
即ち「被告は訴外今泉克登司に対し昭和二十八年十月二十四日、金額十万円、満期同年十一月二十五日、振出地、支払地共福岡市、支払場所株式会社福岡銀行本店とした約束手形一通(以下本件第二の約束手形と略称する)を振出した。
また被告は同訴外人に対し昭和二十八年十月二十六日、金額二十万円、満期同年十一月二十七日、振出地、支払地、支払場所右同様の約束手形一通(以下本件第二の約束手形と略称する)を振出した。
訴外今泉克登司は昭和二十八年十一月二十四日右約束手形二通を株式会社福岡銀行に取立委任裏書をなし、同銀行は夫々満期に右約束手形を呈示して支払を求めたがその支払を拒絶された。
今泉克登司は本件第一の約束手形を昭和二十八年十一月二十六日に、本件第二の約束手形を同年十一月二十七日に各拒絶証書作成義務を免除して原告に裏書譲渡し、現在原告がその所持人である。
よつて請求趣旨のとおり本件各約束手形金及び手形法所定の利益の支払を求めるため本訴に及ぶ。」と述べ、
被告の抗弁事実を否認し、今泉克登司より原告に対する本件第一、第二の各約束手形の裏書は支払拒絶証書作成期間内にされたのであるから期限後裏書ではない。」と述べ、
証拠として甲第一、第二号証を提出し、乙第一乃至第六号証は不知、乙第七号証は成立を認めると述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、
答弁として「原告主張の請求原因事実中被告が訴外今泉克登司に対し夫々原告主張の日、原告主張の本件第一、第二の約束手形を振出したこと、同訴外人が右各約束手形を株式会社福岡銀行に取立委任裏書をしたこと、右各約束手形が支払拒絶となつたことはいずれも認めるが、その余の原告主張事実はすべて否認する。」と述べ、
抗弁として「被告は昭和二十八年十一月二十六日今泉克登司に対し原告主張の本件第一、第二の約束手形金合計金三十万円の支払として、現金十五万円と金額十五万円の切替手形を振出交付し、なお同日より向う一ケ月間の割引料金一万五千円を支払い、更に同年十二月四日右切替手形の金額と同額の約束手形を振出交付したのであつて、以上により本件第一、第二の約束手形はすべて支払済みとし、今泉克登司はこれを被告に返還する旨確約されていた。
ところで原告主張の本件第一の約束手形が原告に裏書譲渡されたのは昭和二十八年十一月二十八日であり、本件第二の約束手形が原告に裏書譲渡されたのは同年十一月二十七日である。それまでは今泉より取立委任を受けた福岡銀行が取立するため保管していた。
従つて被告は右期限後裏書によつて手形を取得した原告に対し前記今泉に対する支払済みの事由を主張できるのであり、本訴請求に応ずべき義務はない。
仮に今泉から原告えの本件第一、第二の約束手形の裏書譲渡が期限後裏書に該当しないとしても、原告は被告が今泉に対して有する前記支払済みの抗弁事由の存在を知つて右各約束手形を取得したものであるから被告は手形法第十七条但書により右抗弁理由を原告に対抗できる。何故なら本件第一、第二の約束手形が満期に支払場所で支払のため呈示され、支払が拒絶されたことは手形面上明白であつてその後不渡の事実を熟知しながら原告がその取得を急いだのは右抗弁事由を切断するためとしか考えられないのである。
更に右悪意の抗弁が認められぬとしても、満期に支払拒絶となつたことが明白な本件第一、第二の手形を取得するにあたつては金融会社である原告は何故支払拒絶となつたかを調査するのが取引上当然の処置である。この当然なされるべき調査をせずに本件第一、第二の約束手形を取得した原告は前記支払済みの抗弁事由の不知について重大な過失があるといわねばならない。このように手形債務者の前者に対する抗弁事由の存在を重大な過失によつて知らなかつた譲受人に対しては手形法の善意取得ならびに人的抗弁切断の制度の趣旨からして条理上前者に対する抗弁事由を対抗できるものと解すべきである。従つて被告は今泉に対する前記支払済みの事由を原告に主張できるものである。」と述べ、
証拠として乙第一乃至第七号証を提出し、証人不破徳義の証言を援用し、甲第一、第二号証は振出、取立委任裏書、支払拒絶に関する部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知と述べた。
理由
被告が昭和二十八年十月二十四日訴外今泉克登司に対し金額十万円、満期同年十一月二十五日、振出地、支払地共福岡市、支払場所株式会社福岡銀行本店とした本件第一の約束手形を振出したこと、及び被告が昭和二十八年十月二十六日同訴外人に対し金額二十万円、満期同年十一月二十七日、振出地、支払地、支払場所右同様の本件第二の約束手形を振出したことについては当事者間に争いがない。
次に成立に争いがない乙第七号証、証人不破徳義の証言と甲第一、第二号証(但し振出、取立委任裏書、支払拒絶に関する部分については成立に争いがない)とを綜合すると次の事実が認められる。
即ち「訴外今泉克登司は被告より振出、交付を受けた本件第一、第二の約束手形を昭和二十八年十一月二十四日株式会社福岡銀行六本松支店において同銀行に対し取立委任のため裏書交付した。
本件第一の約束手形の満期は昭和二十八年十一月二十五日であるが、六本松支店は右取立委任を受けた同年十一月二十四日にその支払場所である同銀行本店に本件第一の約束手形を送付することができず、翌二十五日営業終了時まで同店に保管し、同日の営業終了後直ちに同銀行本店に送付した。
しかし福岡銀行本店は同年十一月二十六日預金不足のため支払人口座より引落すことができず、同日営業時間終了まで被告よりの入金を待つたが依然として入金がなかつたので同日営業終了後取立依頼者である今泉克登司に対し六本松支店を通じて不渡りの電話通知をした。そうして六本松支店は同年十一月二十七日本店より本件第一の約束手形の送付を受け同日中にこれを今泉に返還した。
本件第二の約束手形については右のように取立委任を受けた福岡銀行六本松支店はその満期の前日である昭和二十八年十一月二十六日の営業終了まで同支店において保管し、同日営業終了後これをその支払場所である同銀行本店に送付した。
しかし本店では満期日である昭和二十八年十一月二十七日預金不足のため支払人口座より引落すことができず同日営業時間終了まで被告よりの入金を待つたが依然入金がなかつたので同日営業終了後六本松支店を通じ取立依頼者である今泉克登司に対し不渡りの電話通知をした。そうして六本松支店は同年十一月二十八日本件第二の約束手形を本店より受取り同日以降の日に今泉克登司に対し返還した。
かくて本件第一、第二の約束手形の返還を受けた今泉は本件第一の約束手形昭和二十八年十一月二十七日もしくはそれ以後の日に、本件第二の約束手形を同年十一月二十八日もしくはそれ以後の日に夫々原告に対し裏書譲渡をした。しかし本件第一の約束手形についてはその裏書日付を同年十一月二十六日と、また本件第二の約束手形についてはその裏書日付を同年十一月二十七日と夫々裏書欄に記載した。」以上の事実が認められる。
なお証人不破徳義の証言、同証言により成立が認められる乙第一ないし第六号証によると、
「被告は昭和二十八年十一月二十六日訴外不破徳義を通じて今泉克登司に対し本件第一、第二の約束手形金合計金三十万円の支払として現金十五万円と金額十五万円の約束手形を振出、交付すると共に右手形の一ケ月分の利息として金一万五千円を支払つたのであつて、今泉克登司は本件第一、第二の約束手形は支払済として被告に返還する約束であつた。」ことが認められる。
被告は訴外今泉克登司より原告えの裏書は期限後裏書であるから右裏書人である訴外人に対する支払済みの事由を当然原告に対抗できる旨主張する。
その裏書が実際何時なされたかは前記認定のとおりであつて本件第一、第二の約束手形の支払拒絶証書作成期間経過後にこれがなされたと確認するに足る証拠はない。従つて手形法第二十条第二項の趣旨からして本件第一の約束手形については昭和二十八年十一月二十七日に、本件第二の約束手形については同年十一月二十八日以後その支払拒絶証書作成期間経過前になされたものと一応推定すべきである。
しかしながら前顕各証拠によれば「訴外今泉克登司が原告に対し本件第一、第二の約束手形を裏書譲渡をするときは既に夫々満期を経過した後であり、本件第一の約束手形表面には交換、昭和二十八年十一月二十六日、支払済の文句を円で囲つたスタンプ印が押捺され且つ同日呈示を受けたが預金不足のため支払拒絶する旨の株式会社福岡銀行の付箋が同銀行の契印と共に糊付されており、その裏面最後の受取記載欄には交換、昭和二十八年十一月二十六日、六本松福岡の文句を円で囲つたスタンプ印が押捺されていたものである。また本件第二の約束手形についても同様にスタンプ印及び付箋(但し日付は昭和二十八年十一月二十七日)があつたものである。従つて本件第一、第二の約束手形の裏書譲渡を受ける際原告はそれがいずれも既に右付箋、ならびにスタンプ記載の日に支払場所で呈示され支払拒絶となつた不渡りの事実を十分承知していた。」ことが認められる。
手形法第二十条期限後裏書に関する規定はもともと既に支払が拒絶されたか又は手形金が本来的に支払われるべき期間を経過しながらしかも何かの事情で支払われないことが証券上明白になつた後に行われた裏書は最早遡求の段階に入つた後であるから流通を促進するため裏書に認められた特別の効力を認める必要がないため指名債権譲渡の効力しかないものとしたのである。
故に満期後支払拒絶証書作成期間経過前の裏書であつても前記のとおり取引通念に照らし支払呈示期間内に呈示され、支払拒絶となつたことが手形面上一見明白となつた後になされたものであれば手形法第二十条の趣旨からしてその裏書は指名債権譲渡の効力しか有しないと解するのが相当である。
この場合支払拒絶証書の作成がないことについてさほど考慮を払う必要はない。支払拒絶につき支払拒絶証書の作成が要求されるのは遡求について支払拒絶の事実が当事者の利害に重大な影響を及すからであつて、手形の流通促進を目的とした抗弁切断の制度を考える場合はまた趣を異にするからである。しかも本件の場合今泉克登司は受取人であり、また原告はこれより拒絶証書作成義務免除の上裏書を受けたものであるから両名共支払拒絶証書作成の必要性は何等存しないのである。
右に述べたところからして被告は原告に対し訴外今泉克登司に対する前記支払済みの事由を対抗できるというべきである。
のみならず前顕各証拠を綜合すると(特に「訴外今泉克登司はかねてより原告から金員を借用してはこれを更に他に貸与していたもので、被告に対しても原告より借用した金三十万円を貸与していた。本件第一、第二の約束手形も右借用金支払のため被告より同訴外人に対し振出された既存手形を回収して振出された切替手形であり、切替の都度右借用金の利息が支払はれて来たのであつていずれも被告より今泉を経由して原告の手に渡つていたものである。そうして右当事者間では原告が被告に対する直接の貸主同様に遇されていた。」こと、前記裏書がなされた日時、及びその裏書日時が事実に相違して記載されていること、不破徳義が本件第一、第二の約束手形の支払関係について調査した際原告会社側の答弁内容等を綜合すると)、
「原告は訴外今泉克登司より本件第一、第二の約束手形の裏書譲渡を受ける際既に同訴外人が被告より前記のようにその支払を受け本件第一、第二の約束手形を被告に返却すべきであつた事由を知つていた。」ものと推認することができる。
以上により被告は原告に対し前記本件約束手形に関する抗弁事由を対抗できるものというべきであるから爾余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山口定男)